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ページ 1 の 2 瑞巌寺磨崖仏群 ここはかつて、国東半島の六郷満山を開いたといわれる僧仁聞が、養老年間(717~723年)に創建したと伝えられる瑞巌寺のあった場所である。県道沿の石段をのぼると、凝灰岩の崖面に幅7m、高さ2.5mほどの浅い龕を穿ち、その壁面に不動明王を中心として、右に矜羯羅童子・増長天、左に制多迦童子・多聞天の五躯が半肉彫りされている。磨崖仏の製作年代の詳細は不明であるが、平安時代末期の作ともいわれている。磨崖仏はお堂によって覆われ、前庭に藤棚をつくり花の季節にはみごとな花を咲かせる。   
五躯の石仏は剥落などの傷みや地衣類の付着などが目立ち、平成12年度から3ヵ年をかけ、剥落防止や地衣類の除去などの保存修理が行なわれた。石仏表面の地衣類を取り除き表面を洗浄したことによって、石仏に塗られていたベンガラの赤がきれいに浮き上がって見えるようになった。 磨崖仏周辺には、縄文人の生活跡である二日市洞穴や二日市横穴墓群、崖面に龕を掘りその壁面に薬師如来を中心として閻魔大王(えんまだいおう)・地蔵菩薩・不動明王などを彫ったお堂など、多くの遺跡がある。 文:九重教育委員会 参考サイト:大分県教育庁文化課
瑞厳(ずいがん)寺(じ)磨崖仏(松木)
JR恵良駅の北約1.5㎞、国道210号と竜門の滝を結ぶ県道のほぼ中間点にある瑞厳寺は、仁聞が創建したと伝えられる古刹で、天正年間 (1573~1592)に大友氏の兵火にかかって焼失し、廃寺となって再建されないまま。境内の高さ約2.3m、横約7.0mの凝灰岩の岩肌に半肉彫りさ れた5体の磨崖仏が、往時の繁栄を物語っている。
中尊の不動明王坐像は高さ2m余で右手に剣を持ち、左手に索を握る。この左右に、高さ約1.5mの制(せい)叱迦(たか)、矜(こん)羯羅 (がら)童子を配し、さらに増長天、多門天を刻んでいて、いずれも彩色が施されている。室町時代中期の作と推測される県指定史跡である。隣接の二日市洞穴は縄文時代の住居跡で、つづきに中世墳墓もある。
参照サイト:大分県の観光・グルメ・イベント情報 - ツーリズムおおいた
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