| つのむれ会 |
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ページ 1 の 2 「つのむれ会」は、玖珠町を代表する角埋山(つのむれやま)を愛する人たちが集い、地域に 残る自然・歴史・文化を守り育て、地域振興につなげて行こうと、昭和56年(1981年)に結成された。
会は四半世紀に亘り、ボランティア活動で角埋山の自然環境の整備を積極的に行ってきた。角牟礼城跡は平成17年3月2日、角埋山の自然と歴史を守る地域の願いが実って、国指定史跡に指定されたつのむれ会は地道な活動を重ねて結成から28年を迎えた。現在の会員数は237名である。つのむれ会HPより~HPはこちらから
現在、春の日本童話祭に併せ「つのむれおとぎ登山」、秋の「つのむれクリーン登山」、「自然観察会」を行っており、玖珠町内外から参加者が集まっていま す。また、平成18年度から県の森林環境税事業を活用し山の下刈やつる切り、登山道整備などの「美しい里山づくり事業」に取り組んでいます。 つのむれ会事務局
つのむれ会会長の小西保喜さん 小西保喜さんは、もと校長先生。「ここを校区とする小学校に勤めたので、今この活動に燃えてるんです(笑)」
参考サイト Viento~おおいたの風~2007 Spring Vol.16:
文部科学省ホームページ:史跡指定の概要 角牟礼城跡(つのむれじょうあと)【大分県玖珠郡玖珠町】角牟礼城跡は、大分県西部にある玖珠盆地の北側の標高577メートルの 角埋(つのむれ)山に所在する中世の山城跡である。この地域は、豊前に抜ける交通の要衝地に立地し、三方を急峻な斜面で囲まれた角埋山は、天然の要害と呼 ぶにふさわしい切立った険しい岩盤が露出している。
城は15世紀中頃には存在していたことが史料に見える。玖珠盆地は平安時代から玖珠郡衆によって支配さ れ、城は共同管理されていた。天正年間の島津氏による豊後への侵攻に対しても、角牟礼城は玖珠郡衆が共同で立て籠もって守ったことが知られ、当地域の拠点 城郭であった。大友氏が豊後を離れたのちは、豊臣秀吉の蔵入地となり、家臣の毛利高政が入城している。
平成5年度からの発掘調査の結果、本丸地区から毛利 時代の櫓跡及び虎口、大手門地区から礎石立ちの門の遺構、二の丸地区から桁行5間、梁行3間の礎石建物、搦手門(からめてもん)地区から大手門地区と同規 模の門跡を検出した。また、搦手門地区には穴太(あのう)積みの高さ約7メートル、長さ約100メートルに及ぶ石垣が残存している。
出土遺物としては、輸入・国産陶磁器が主で、16世紀後半のものが中心であった。このように角牟礼城跡は玖珠地方の拠点的城郭であり、土造りの城から石垣を主体とした城への変遷並びにその築城技術の地方への伝播を知る上で重要である。
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