| 誇り高き玖珠の種牛 |
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ページ 1 の 4 誇り高き玖珠の種牛 「牛は豊後が日本一」といわれている。その豊後牛の中心地は玖珠である。玖珠の牛を著名にしたのは九重町野上字野矢の加藤順蔵一家の愛育した千代山号である。玖珠郡畜産組合馬頭観音堂の横にある千代山号の碑には次のように刻まれている。
「千代山は父横山・母千代鶴、大正七年一月野上村に産る。大分県共進会・九州聯合共進会並に全国博覧会に於て常に一等賞を荷ふ。大正九年十一月畏くも東宮殿下台覧の光栄に浴す。実に空前の銘牡牛たり。大正八年より昭和五年迄本組合有種牛として其の功績絶大なり、郡民之を称し碑を建つ」昭和七年七月。(玖珠郡史より抜粋)
玖珠から生まれたスーパー種雄牛『糸福』号種牛の中でも特に優秀なものがスーパー種牛と呼ばれる。玖珠から生まれたスーパー種雄牛に『糸福』号がいる。今も糸福号の系統を継いだ豊後牛から、次の世代のスーパー種雄牛となるべく優秀な豊後牛が生まれ育っている。
糸福号は、昭和58年11月18日に玖珠町山田唐杉の麻生正直(すなお)さんの所有の「第6ふくしげ」から誕生した。「糸福」という名前は、当初「糸茂」であったが、「福が来るように」との願いから、「糸福」として登記された。 その後、大分県畜産試験場に引き取られた糸福号は、99年4月まで約14年間、種牛として活躍した。 糸福号を父とする子牛は発育や肉質が抜群によく、 全国和牛能力共進会など各種大会で最高賞の農林水産大臣賞を何度も受賞した。 県畜産課によると、子牛市場で平均取引価格が約30万円の時、糸福号の子だと40~50万円の値が付いた。 子牛たちの取引総額は170億~180億円に上り、子牛から得た肉質などのデータは、現在豊後牛の改良にも役立てられている。 玖珠町には平成12年8月、糸福号をたたえる銅像が建てられ、頭骨の一部はその台座の下に納骨されている。 ![]() 【糸福号の銅像は玖珠良心市前にあります、碑文はこちらへ】 ・スーパー種雄牛「糸福」の功績を永遠に |
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