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玖珠町の文化財
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玖珠町内指定文化財一覧

 玖珠町は早くから周辺との文化的交流が見られ、特に筑後川水系を通じて弥生時代から北部九州の影響を受け、玖珠川周辺地域を中心に各時代の遺跡が点在しています。特に中世では、「玖珠群衆」といわれる在地の豪族の力が強い地域であったといわれています。縄文時代から現在に至るまで歴史の宝庫であり、歴史の上で重要な地域であった。


地理的には、西に筑後、東に豊後、北に豊前、南に肥後と交通網の分岐点であるように、文化圏においても分岐点であっただろう。どの文化にも影響されながら、楽や神楽の伝統的な民俗文化も受け継がれ、語り継がれている。
このような風土が玖珠地方に大きく左右し、この地方独特の歴史と文化を創り、多くの歴史的文化遺産が残っています。

(先人たちの囁き/玖珠町教育委員会編より抜粋)


●国指定の文化財及び史跡・天然記念物

【1】耶馬溪(国指定名勝)

耶馬溪は、文政元年(1818年)広島の文豪頼山陽(らいさんよう)が日田より山国谷に入り、その奇巌奇勝の渓谷美を賞賛して耶馬溪図巻記(やばけいずかんき)に「耶馬溪山天下無」と詠い、ここから「耶馬溪」と名付けられたといわれている。この奇峰と呼ばれる独特のやまなみは地下深部のマグマなどの火成活動によってもたらされた岩石から作られている。その後、この奇岩秀峯や渓谷美から、大正12年3月に国の名勝として指定を受けた。
「名勝耶馬溪」は3市7町1村の広範囲に及び、地図を開いてみると東西約40㎞、南北約35㎞の中に指定地がある。それぞれの特色により代表的景観として六十六景が指定され、町内では立羽田の景のほかに十六の景が指定されている。立羽田の景は、天に向かって突き通すように起立する岩峰とその岩脚に点在する民家や田園風景がうまく調和し、ほっとするような自然景観である。

町内の「名勝耶馬溪」

●山移川筋の景 ●カマドヶ窟の景 ●弓ノ木台の景
●錦雲峡の景 ●角埋山の景 ●鶴ケ原の景
●大谷渓谷 ●西椎屋の滝 ●大藤ノ谷の景
●内匠の景 ●深耶馬の景 ●清水瀑園の景
●坂ノ上の景 ●麗谷の景 ●黒岳の景
●立羽田の景 ●山田の景

パノラマ風景写真で観光する大分県「玖珠町 」



【2】大岩扇山(国指定天然記念物)

 

大岩扇山(おおがんせんざん)は森川左岸にあり、標高691.1メートルの上部がテーブル状の形をした卓上台地の山である。これはメサと呼ばれ、周囲が急な岸壁で囲まれる台状の地形のことで、この山以外にも玖珠川を挟んで標高1140メートルの万年山があり、上下二段の二重メサとして有名である。これ以外でも玖珠地方にはこのような山々が多く、特異な自然景観である。
この輝石安山岩の岩肌の独特な景観から、昭和10年(1935年)に国の天然記念物として指定され、また耶馬日田英彦山国定公園区域でもある。
この大岩扇山の南側には、標高720メートルの小岩扇山があり、二つの山の間には江戸時代森藩の参勤交代道がのびている。
地元では、この岸壁の柱状節理を櫛に見立て、大岩扇山を男櫛(おぐし)、小岩扇山を女櫛(めぐし)といわれている。   

 


 【3】角牟礼城跡(国指定史跡)


角牟礼城跡は標高577mの角埋山山頂にあり、古くから石垣のある山城として知られ、天然の要害といわれるように、三方を切り立った険しい岩壁で囲まれています。
角牟礼城跡の名前が文献史料に初めて出てくるのは、今から約470年前、1475年の古文書で、玖珠郡を守る城として、森氏などにより守られていた山城です。この頃の城は、地形を利用し土を盛って築かれた城です。1586年には鹿児島の島津氏に攻められますが、落城しなかった城として全国でも有名です。
豊臣秀吉の時代になり、1594年には毛利(もうり)高政(たかまさ)が城主となって、今見える石垣を築き、城の構造を造り替えました。1601年には来島(くるしま)康親(やすちか)が入り、麓下に陣屋を設け、城跡は使われず、これで長い歴史の幕を閉じることになります。
平成5年からは発掘調査を行い、本丸から出入口と石垣隅の櫓跡(やぐらあと)、大手(おおて)門(もん)跡と搦手(からめて)門(もん)跡から同じ大きさの門跡が、二の丸跡から建物跡が発見されました。門跡からは瓦が出土していることから、瓦葺きだったことも考えられます。その他には、かんぬき金具や天目碗片(てんもくわんへん)が出土しています。

 


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